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草なぎクンに対して当初「絶対に許せない」と発言した「浅さ」がそれを象徴しています。人間に対する観察が悲しいほど「浅すぎ」なのでございます。

そもそも人間が人間に対して「絶対に許せない」と言い切れるご立派な立場の人間などいるのか、ということでございます。

私達の親の親の親の親の親の親の、その先のズーッと祖先をたどればみんな人殺し、盗ッ人、嘘つき、カッパライの「類」いでございます。そうした「残酷な生命力」がなくしては弱肉強食の社会を生き抜き、ご先祖さまとして現代に命をつないでくることは出来なかったのであります。

私たちには親や兄弟、親類縁者や女房子供まで足下にすることをヨシとして選択し生きのびてきた「人非人」の祖先のDNAが刻まれておるのでございます。その「細胞の記憶」が目覚めることのないのは、ひとえに「運がよかった」からでございます。

誰とて「運が悪い星の下」に生まれていたら、一歩間違がえれば人殺しになりえる「系譜」を背負って生きているのでございます。運がいいだけで口をぬぐってことさら「善人」ぶったり、「偉ぶる」のは「白痴」あるいは「卑怯者」でございます。

人を批判するときにはそうした人間の「源流」に対する深い洞察を持ってすべきなのでございます。いつだってそうした「系譜」の血筋にあることを自覚し謙虚に、「自虐的」に他者に対する批判を口にするのが節操というものでございます。

「鳩ポッポ」よ、絶対許せない人間がいるとしたらそれは絶対人を許せないということを平気で口にする人間、それはあなたのような人間にほかならないのです。

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—村西とおる「日記」 (via sociologbook) (via yuco)

3 years ago

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